外向きの時間は、どんな関係に行き着くのか

この1週間で何が足りないのか、

それが誰かの時間と交差している感覚だとすると、

外向きの時間は、

人との関係に行き着く。

 

ただし、

ここで言う「関係」は、

一般的に思い浮かべるものとは

少し違う気がしている。

 

親しい友人でもない。

ましてや、家族でもない。

 

外向きの時間に必要なのは、

安心感よりも、

交差点に近い。

 

自分の時間と、

相手の時間が、

少し重なる場所。

 

会社での関係を思い返すと、

そこには必ず

共通の文脈があった。

 

同じ目的。

同じ期限。

同じ前提。

 

だから、

深い関係でなくても、

時間は自然に交差していた。

 

一方で、

辞めたあとの世界では、

そうした文脈が自動では用意されない。

 

行政のイベントに行けば人には会える。

行きつけのお店に行けば雑談もできる。

でも、それだけでは

交差は生まれにくい。

 

外向きの時間が生まれる関係には、

共通点がありそうに感じる。

 

成すべきことの途中にあること

正解が分かっていないこと

一人では進まないこと

 

それは、友人とは少し違う。

 

もっと仮で、

でも、前を向いている関係。

 

今の自分に足りないのは、

そうした関係なのかもしれない。

 

まだ、

それがどこにあるのかも、

どう始まるのかも分からない。

 

ただ、

外向きの時間の正体は、

少しずつ、

はっきりしてきた気がしている。

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